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長野地方裁判所諏訪支部 昭和25年(ワ)43号 判決

原告 片倉興産株式会社

被告 武井多加志 外一名

主文

被告両名は、連帯して、原告会社に対し(但し、被告小松はその相続財産の限度で)金四十五万一千百六十二円及びこれに対する昭和二十五年十月六日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告小松は、原告会社に対し、その相続財産の限度で金一万五百二十四円及びこれに対する昭和二十五年十月六日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告会社その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告会社の負担とし、その四を被告両名の連帯負担とする。

事実

第一、原告会社の請求趣旨

被告両名は、連帯して、原告会社に対し、金四十五万四千二百九円及びこれに対する本件訴状送達の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告小松は、原告会社に対し、金九千八百四十七円及びこれに対する本件訴状送達の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。なお、仮執行の宣言を求める。

第二、原告会社の請求原因

一、不法行為に該当する事実

訴訟承継前の原告南信産業株式会社は、昭和二十二年八月九日玩具その他木製品の製造並に販売を主目的とし、これに附随する重要な事業として造林業をも経営する目的で設立し、その後間もなく、資本系統を同じくする合名会社片倉組所有にかゝる長野県諏訪郡下諏訪町字松ケ沢七千八百七十五番、七千八百七十八番及び七千八百八十一番の一乃至二十四所在の山林八町六反二畝八歩、同町御射山八千十六番の一乃至三所在の山林六町六反二畝二十五歩、同町字泉水入八千七百七十七番の百九十九所在の山林八町四反六畝二十歩、同町字滝ノ沢七千七百一番の一所在の山林二町六反四畝二十二歩を同会社より譲渡を受けて所有していたものである。被告小松邦春の父で訴訟承継前の被告小松政之助は、昭和の初頃前記合名会社片倉組の前身片倉合名会社の頃から引き続き山番人(山林管理人と呼んでいたがその権限は単なる山番)として会社の為め前記各山林の監視等に当つていたが、前記各山林が右南信産業株式会社の所有に帰した後も同会社の依頼により同会社のため依然前記各山林の山番人を務めていた。そして、同人の職務権限は、(その呼称こそ片倉合名時代の例にならい山林管理人と呼んでいたが)前記各山林の被害防止の為の監視、植林について同会社川岸出張所への連絡等山林の保存行為並びに山林に対する納税の代理等であつて、立木の伐採またはこれが売却等の処分行為は一切委されていなかつたものである。被告武井は、元下諏訪木材株式会社(昭和二十五年三月二十五日事業不振の為解散)の取締役であり、嘗て同被告自身前記片倉合名会社から立木を買受けたこともあり、また、同被告の同僚である右下諏訪木材株式会社の他の役員も前記合名会社片倉組から立木を買受けたことがあつて、前記小松政之助にその監視にかゝる立木の処分権限のないことは充分承知していた者である。しかるに、被告武井及び右政之助は、前記南信産業株式会社所有にかゝる山林の立木の盗伐を共謀し、不法にも同会社に無断で情を知らない伐採夫訴外高木仙蔵、同大久保和七等に別表〈省略〉第一の一及び第二の一各記載の日時、場所において、同記載の樹種、数量の立木を伐採させてこれを盗伐し、また、右政之助は、単独で同会社に無断で別表第一の二及び第二の二各記載の日時、場所において、同記載の樹種、数量の立木を、いずれも情を知らない訴外長岡嘉右衛門、同岩波幸平等に伐採させて盗伐したものである。

二、損害並びにその賠償を求むべき範囲

原告会社は、右各盗伐に因る前記南信産業株式会社の蒙つた損害並びに損害賠償を求め得べき範囲を次によつて算出する。

(一)  用材についての損害額

右盗伐にかゝる立木の中には、別表第一の一及び二記載のとおりの用材と、別表第二の一及び二記載のとおりの幼樹(用材として用いられない適正伐採期前の樹)がある。しかして、用材の損害額については、伐採当時の価格によるときは統制価格が存在したゝめ、請求する者にとつてはすこぶる不利益であるけれども、その当時の価格によつて算出し、その詳細は(すべて営林署の鑑定に合致)別表第一の一及び二記載のとおりで、被告武井及び右政之助の共同不法行為に因る損害額は別表第一の一記載のとおり総額金三十万四千八百八十九円となるが、その中には、御射山山林内に盗伐木の残存せるものを昭和二十七年中に所有者たる前記南信産業株式会社が引取つた五百七十七本百四十石余の価格が含まれているから、これを別表第三記載の如く営林署鑑定書中の樹種別単価をもつて計算すると合計金一万四千七百六十四円となるから、これを右総額から差引き、結局、右両名の共同不法行為に因る用材についての損害額は金二十九万百二十五円となり、同会社は、右両名に対し、これが損害賠償請求権を有するものであり、また、右政之助の単独不法行為に因る用材についての損害額は、別表第一の二記載のとおり総額金七千百九十二円となり、右会社は同人に対し、これが賠償請求権を有するものである。

(二)  枝条についての損害額

右用材についての損害額は、営林署の鑑定に従いその利用率(総材積から素材となる率)を赤松六十五パーセント、杉檜唐松を七十パーセントとして価格の算定をしたものである。従つて、右利用率から除かれた部分(赤松三十五パーセント、その他のもの三十パーセント)は結局枝条石数に入ることになるが、本件被害山林地は全部里山で民家に近く枝条はすべて薪等の燃料として取引され、特に盗伐当時においては燃料不足の折柄重要な燃料で交換価値の高いものであり、これが滅失は特別の事情による損害であるが、このことについては、被告武井及び右政之助は、いずれもその事情を予見し、または予見し得べき立場に在つた者である。そこで、原告は、これが枝条率を赤松二十パーセント、その他を十五パーセントに引下げて枝条石数を見積り、これに営林署の鑑定の結果による各山林別枝条単価を乗じて別表第四の一及び二記載のとおり計算して当時の所有者前記南信産業株式会社の蒙つたこの点の損害額を算出し、別表第四の一記載の総額金三万六千四百五十六円を被告武井及び右政之助の共同不法行為に因る枝条についての損害額とし、同会社は、右両名に対し、これが賠償請求権を有すべきものであり、また、別表第四の二記載の総額金百七十二円を右政之助の単独不法行為に因る枝条についての損害額とし、右会社は同人に対し、これが賠償請求権を有すべきものである。

(三)幼樹についての損害額

前記の如く南信産業株式会社は、用材の造林を業としていたものであるから、幼樹を薪材等に伐採することは通常あり得ないことである。(この点幼樹を薪材として価格算定した鑑定結果は承認できない。)同会社は、幼樹を用材にまで生育さしてから用材として売却その他の処分をなし、その結果を利得すべき立場に在り、本件の盗伐により右得べかりし利益を喪失し、その得べかりし利益の喪失を損害賠償として請求する権利を有すべきものである。そこで、右喪失した得べかりし利益の額を算出することゝする。

(イ) 幼樹が適正伐採期まで生育したときの価格

昭和二十六年八月十日農林省令第五十八号木材適正伐期令第一表に定める適正伐期年数に従うと、杉五十年、松六十年、赤松四十五年、唐松四十年となるから本件幼樹についても右に従つて適正伐採期を決定し、盗伐されたときより適正伐採期までの間に生ずる枯損木、損傷木を二割と見積つて適正伐採期における生存木数を出し、これに樹種別一本の生産材積を乗じて総生産材積を算出し、さらに、これに立木単価を乗じて伐採時の価格を算定し、結局、被告武井及び右政之助の共同不法行為に因つて生じた部分の価格が別表第五の一記載のとおり総額金七十二万一千七百円となり、右政之助の単独不法行為によつて生じた部分の価格が別表第五の二記載のとおり総額金一万五千六百円となる。なお、右一本の生産材積は前記適正伐期令第二表全国平均生産材積に従い、赤松及び唐松は環境適地にしてしかも里山につきその二割増とした。また、右立木単価は、昭和二十七年五月二十七日における名古屋市木材店頭卸値段より山林別樹種別に事業費(鉄道運搬賃、問屋手数料及び利潤を含む。)を差引いて算出したものでその詳細は別表第六のとおりである。

(ロ) 管理費の控除

右の如く幼樹が適正伐採期まで山林地に現存する場合はこれが管理の為費用の支出を要するのであるが、この費用は所有者たる前記会社において支出を免れたことになるから、損害額算定に当つては右(イ)の適正伐採期における価格からこの管理費用を控除すべきことになる。しかして、原告会社は、前記南信産業株式会社の過去における下諏訪町全山林の造林経営に実際支出した費用を基礎とし、別表第七の一の如く一ケ年一反歩当りの管理費を出し、これを各山林被害立木の育生に必要な面積に乗じ、さらに被害立木の残存育生年数を乗じて別表第七の二(A)欄のとおりの管理費を算出し、前記被告武井及び右政之助の共同不法行為に因つて生じた部分の価格から別表第七の二(A)欄記載の三山合計の部金四万七千四百十円を控除し、右政之助の単独不法行為に因つて生じた部分の価格から同表同欄の滝ノ沢の部の金千三百六十七円を控除すべきことゝする。

(ハ) ホフマン式計算による現在価の算出

右の如く適正伐採期における価格から前記(ロ)の管理費を控除したものは将来における価格であるから、これを現在価に引直すため、適正伐採期の樹齢から盗伐された当時の樹齢を差引き、残存する年数に応じてホフマン式計算により年五分の中間利息を控除すると、被告武井及び右政之助の共同不法行為に因り生じた部分の現在価は別表第八の一記載のとおり総額金三十二万二千十八円となり、右政之助の単独不法行為に因つて生じた部分の現在価は別表第八の二記載のとおり総額金五千六百九十三円となる。

(ニ) 幼樹の残存年数の決定

右別表第七の二(A)欄、別表第八の一及び二各記載の幼樹の残存年数の決定については、泉水入山林の樹齢については、訴外岩波寛が昭和五年中に二年生の唐松の苗五千本を植えたものであるから、右植林の時期を起算点として生育年数を得、御射山、松ケ沢及び滝ノ沢各山林の樹齢については、営林署の鑑定書中薪材石数を立木本数で除し、この一本の総材積から枝条加算の五パーセントを差引いて一本の幹材積を求め、これを農林省山林局林政課において調製編纂した立木幹材材積表の一本当り材積にあてはめ、なお、盗伐された立木の伐根年輪を前記南信産業株式会社の社員が厳密に調査し、山林の等位、地位等を考慮し、その樹高及び胸高直径を推定したものと植林時期の正確に分明する前記泉水入山林の樹齢とを参照して盗伐時の生育年数(樹齢)を得、これをそれぞれ適正伐採期年数から差引き、別表第九記載のとおりの残存年数を得たものである。

(ホ) 跡地利用による利得の控除

山林の所有者たる前記南信産業株式会社は、本件盗伐により空地になつた跡地を利用できることになつた。(現に植林をした。)そして、この跡地利用による利得は、右(ハ)において算出した現在価格から控除して請求することゝする。しかして、その利得の計算にあたつては、右会社は造林を業とするものであるから跡地利用の利得も造林による利得となすべきである。そこで、右利得計算も別表第八の一及び二における適正伐採期における価格算出方法に準じて樹種、本数、適正伐採期までの生育年数、枯損傷木の率、生産材積、一石の単価等いずれも同表と同一条件を基礎とし、結局、同表と同一の適正伐採期における価格を算出し(本来跡地利用として控除すべきは盗伐時より適正伐採時までの残存年数における利得であるが、そうすると植林の中途における価格になりこれは甚だ僅少のものとなるから、原告会社は不利益を顧みることなく敢えて用材として用い得るまでの全植林期間における利得を控除してもやむなしとして斯く算出した。)この価格から別表第七の二(B)欄により算出し所要管理費用を控除し、その差引価格に対してホフマン式計算方法により中間利息を控除し、被告武井及び右政之助の共同不法行為に因つて生じた部分の現在価より控除すべきものとして別表第十の一記載のとおり総額金十九万四千三百九十円の利得額を算出し、右政之助の単独不法行為に因つて生じた部分の現在価より控除すべきものとして別表第十の二記載のとおり総額金三千二百十円の利得額を算出し、それぞれ右現在価からこれを控除することゝする。

(ヘ) 幼樹について損害賠償を請求する金額

以上の諸控除を行い、結局、前記南信産業株式会社が、被告武井及び右政之助に対し、その共同不法行為に因る幼樹についての損害賠償を請求し得べき数額は別表第十一の一記載のとおり金十二万七千六百二十八円となり、右政之助に対し、その単独不法行為に因る幼樹についての損害賠償を請求し得べき数額は、別表第十一の二記載のとおり金二千四百八十三円となる。

三、権利義務の承継並びに賠償請求の総額

原告会社は、昭和二十八年九月二十九日前記南信産業株式会社を合併し、同会社の取得していた前記各損害についての賠償請求権を承継したものであり、被告小松は、昭和二十八年五月十六日父である右政之助の死亡に因る相続をした者で、同人の負担する前記各損害についての賠償支払債務を承継したものである。そこで、原告会社は、被告武井同小松に対し、連帯して、前記第二の二の(一)記載の用材についての損害賠償として金二十九万百二十五円、同(二)記載の枝条についての損害賠償として金三万六千四百五十六円及び同(二)の(ヘ)記載の幼樹についての損害賠償として金十二万七千六百二十八円の合計金四十五万四千二百九円及びこれに対する本件訴状送達の翌日より完済に至るまで民法所定の年五分に相当する遅延損害金の支払を求め、被告小松に対し、前記第二の二の(一)記載の用材についての損害賠償として金七千百九十二円、同(二)記載の枝条についての損害賠償として金百七十二円及び同(三)の(ヘ)記載の幼樹についての損害賠償として金二千四百八十三円の合計金九千八百四十七円及びこれに対する本件訴状送達の翌日より完済に至るまで民法所定の年五分に相当する遅延損害金の支払を求める。

第三、原告会社の態度及びその立証並びに被告等提出の書証に対する認否

一、原告会社の態度

原告会社は、被告小松の相続が限定承認をした相続であるという点については(自らその旨の証明書を添附して受継の申立をなし)明かにこれを争わない。

二、原告会社提出の証拠方法〈省略〉

第四、請求趣旨に対する被告等の答弁

一、原告会社の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告会社の負担とする。

第五、請求原因に対する被告等の答弁

一、請求原因の一(不法行為に該当する事実の主張)に対し

(一)  被告武井の陳述

原告会社主張の各山林がその主張にかゝる南信産業株式会社の所有であつたことは認めるが、その地籍、地番筆数等は知らない。右会社が山林管理人として小松政之助を使用していたことは認めるが、同人の山林管理権に加えた原告会社主張のような制限は知らない。被告武井が下諏訪木材株式会社の取締役であつたこと及び同会社が原告主張の日に解散したことは認めるが、被告及び同僚が嘗て片倉合名会社又は合名会社片倉組から立木を買いうけている事実は知らない。(被告武井の名義を使用して原告主張のような契約が行われていたとしてもそれは当時被告武井の属していた会社の当該係員が同被告の名義を使用して行つたもので被告武井は全く知らない。)次ぎに原告会社主張の立木伐採の点に関しては、伐採した樹種、数量の点を除き、被告武井が原告主張の日の頃その主張の山林から立木を伐採且つ搬出したことは争わない。しかし、原告会社主張の不法行為に該当する事実は否認する。即ち、前記小松政之助は、右南信産業株式会社の山林管理人で、同会社から本件山林の処分についての権限を委任されていた者であり、被告武井は右政之助から本件山林を買受けて伐採したものである。仮りに右会社と右政之助間に代理権授与の明白なる意思表示がなかつたとしても、(イ)右政之助は、被告武井に対し、代理権の点については心配することはないとしばしば明言していたこと。(ロ)右会社は、諏訪大社秋宮の上にある片山地籍山林について、同会社の為すべき登記手続を右政之助に代行させていること。(ハ)昭和二十三年二月頃右政之助は、訴外若松勝並びに諏訪工業株式会社に対し、松ケ沢地籍に在る右会社所有の杉及び唐松等相当量を売却し、その立木の伐採運搬が行われているのを知りながら同会社はこれを黙認していること。(ニ)昭和二十六年二月頃右政之助が、松ケ沢地籍の同会社所有の松材をパルプ材として売却しているのを知りながら同会社はこれを黙認していること等によつて、客観的にみれば右会社は、第三者に対し、本件山林の処分について右政之助に代理権を与えた旨を表示した者と同一視すべき者であり、被告武井は、右政之助の代理権の範囲内で本件山林の売買契約をしたものであるから、民法第百九条の規定によつて山林の所有者たる右会社に対し契約の効力が生ずることになる。さらに、仮りに前記(イ)乃至(ニ)のような事実からは民法第百九条の規定する効力が生じなかつたとしても、右政之助は、間伐についてはその権限があり、本件売買取引は同人がその権限を超えて行つたものであり、被告武井においては、前記(イ)乃至(ロ)の事情から右政之助に本件山林の売却処分をする権限があると信ずべき正当な理由があるというべきであるから、民法第百十条により結局右会社につき契約上の効力が生ずることになる。若し、右政之助に前記の如き代理権若しくは表見代理の生ずべき理由を欠き、右会社に対して契約の効力が生じなかつたとしても、被告武井は、下諏訪木材株式会社の代表取締役として本件山林の立木を買受けて伐採したもので、同被告の行為は、右会社の行為であり、その行為の効果はすべて同会社に帰属すべきであつて、被告武井個人において何らの責任をも負うべき筋合はない。これは要するに如何なる点から観察しても被告武井に不法行為に該当する行為があるとはいえない。なお、伐採した樹種、数量の点は争う。

(二)  被告小松の陳述

原告会社主張の各山林がその主張にかゝる南信産業株式会社の所有であつたこと及び前記小松政之助が右会社の前々身合名会社片倉組当時より右山林の管理人をしていたことはいずれもこれを認めるが、右政之助の権限は原告会社主張のそれより広く適当な間伐、障碍木の伐採及びその処分、林道の修理、境界争いの折衝、土地開放問題につき下諏訪町農地委員会との交渉、森林組合との交渉等多岐に亘り、また、或る程度の木の独断売却も許されていたものである。被告武井に関する事項については、被告武井が嘗て片倉合名会社または合名会社片倉組から立木を買受けたことがあるという事実はこれを認めるが、被告武井が、右政之助の権限を知つていたという点についてはその事実を知らない。被告武井が、右南信産業株式会社に無断で原告会社主張の日の頃その主張にかゝる山林の立木を伐採したことは認めるが、右政之助が被告武井と盗伐を共謀していたという点は否認する。しかして、その樹種、本数等の詳細は知らない。また、右政之助が単独で右会社に無断で原告主張の別表第一の二記載の松ケ沢山林の杉五、六本を訴外長岡嘉右衛門に伐採させたことは認めるが、その余の単独盗伐の事実はすべて否認する。即ち別表第一の二記載の松ケ沢山林の杉四十本のうち右五、六本を除いたその余の三十四、五本については、右政之助の正当な権限の行使としての間伐であつて盗伐ではない。右政之助の間伐の権限については、前記の如く同人の職責は多岐に亘り、その仕事の量も多いのであるが、これに対する右会社からの報酬は少く、また、ときには同人が右会社の為使用した人夫の賃金をも自弁することや税金の立替代納をすることなどもあり、あるいは右会社々長の希望により会社の用品たる木炭、漬物等を無償で供給したことなどもあつて、昭和二十三年五、六月頃右会社々長溝口深衛から適当に(損のないように)間伐してそれによつて償つて宜しいと許可されていたものである。右三十四、五本の伐採は右許可に基いて訴外長岡嘉右衛門に間伐させたものである。また、同表中の滝ノ沢山林の檜十三本(用材)は、右会社の代表者が、当時の下諏訪町農地委員会々長岩波幸平に、右山林中の曲り木枯損木の伐採及び必要な間伐をすることを委せておいたが、右岩波が右委されている範囲で伐採したものである。別表第二の二記載の同山林の檜十九本(幼樹)は比較的小さい損木を平常山林の手入れに雇う花岡今朝男に与えて伐採させたものであるが、斯る処分は当然右政之助に許されていたものである。

二、請求原因の二(損害並びにその賠償を求むべき範囲の主張)に対し、

(一)  被告武井の陳述

原告会社主張の損害及びその損害額算出の基礎はすべてこれを否認する。

(二)  被告小松の陳述

原告会社主張の共同不法行為を原因としている部分については、その損害及び損害額算出の基礎を、被告小松に対する関係で否認し、被告武井に対する関係では知らない。また、右政之助の単独不法行為を原因としている部分については、被告小松の認める前記松ケ沢山林の杉五、六本の価格金五、六百円の範囲で損害の生じたことを認めるが、その余の損害及び損害額算出の基礎を否認する。

三、請求原因の三(権利義務の承継並びに賠償請求の総額の主張)に対し、

(一)  被告武井の態度並びに陳述

原告会社が、前記南信産業株式会社を合併により一般承継をしたことは明かに争わない。しかしながら原告会社の被告武井に対する請求は、前記答弁の理由によつて失当である。

(二)被告小松の態度並びに陳述

原告会社が、前記南信産業株式会社を合併により一般承継をしたこと及び被告小松が右政之助を相続に因り承継したことはいずれも明かに争わない。原告会社の被告小松に対する請求は前記五、六百円の限度で認めるがその余は失当である。

第六、被告等の立証並びに原告提出の証拠に対する認否と援用〈省略〉

第七、訴訟関係の承継

原告会社は、合併後存続する法人として、南信産業株式会社に属していた従来の訴訟関係を、被告小松は、亡父政之助の相続人として、同人に属していた従来の訴訟関係を、それぞれ承継した。なお、被告小松の右相続は、限定承認をした相続であること訴訟上明かな事実である。

理由

第一、山林の所有関係及び小松政之助の権限

地籍、地番、筆数、坪数の点を除いて、原告会社主張の各山林が前記南信産業株式会社の所有であつたことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第一号証の一乃至五によると、右各山林の地籍、地番、筆数、坪数は原告主張のとおりであることが明らかである。また、権限の点を除いて、被告小松の亡父政之助が原告会社主張の会社の為本件各山林の管理人をしていたことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第十二号証の一、四、七、八、訴訟承継前の原告本人溝口深衛尋問の結果によると、右政之助の権限は、原告会社主張の如く、その呼称こそ山林管理人と呼んでいたが、立木の伐採または売却等事実上又は法律上の処分行為をする権限はなく、山林の被害防止の為めの監視、植林作業について会社への連絡等本件各山林についての保存行為、或はまた、ときには右山林に関する納税の代理をすることであつたことが認められる。丙第一、二号証、証人小松とし同小松威光同浜善次の各証言、被告本人武井多加志尋問の結果を以てしても右認定を動かすに足らず、他にこの点の反証はない。

第二、伐採の事実及びその数量

盗伐であつたかどうかの点は暫らく措き(次段において判断する)原告会社主張の樹種、本数の立木が実際に伐採されたかどうかの点を先ず検討してみる。原告会社が、被告等の共同責任として主張している部分(別表第一の一及び第二の一)については、被告等はいずれも伐採の樹種、本数を争つているが、成立に争いのない甲第十二号証の一乃至三及び六証人高木仙蔵同林友幸同大久保和七同小松寿郎の各証言、鑑定人広井昇同小松寿郎同塩原基平の共同鑑定の結果、検証の結果を綜合すると、右原告会社主張にかゝる点は、被告武井が、訴外高木仙蔵同林友幸同大久保和七等を使用して、その主張の樹種、本数の立木を伐採したことが明らかである。他に右認定に反する証拠はない。また、原告会社が、被告小松の単独責任として主張している部分(別表第一の二及び第二の二)については、被告小松は、その樹種、本数の立木を亡父政之助が原告会社主張の者等に伐採させたことを争わない。

第三、不法行為に該当する事実の存否

右第二において認定した伐採は、果して原告会社主張のように盗伐であつたかどうか、また、被告武井と右政之助との間に共謀があつたかどうかを判断する。

一、原告会社が被告等の共同責任として主張している部分について、

被告小松は、樹種、数量の点を除き、被告武井が、原告会社主張の会社に無断でその主張の日の頃その主張にかゝる山林の立木を伐採したことを認めている。成立に争いのない甲第十二号証の一乃至五、七乃至九、同じく乙第五号証の五のうち小松政之助の供述記載部分、証人小松とし同高木仙蔵同大久保和七同林友幸の各証言、訴訟承継前の原告本人溝口深衛尋問の結果を綜合すると、被告武井は、原告会社主張にかゝる伐採時期の頃被告小松の亡父政之助に対し、原告会社主張の各山林の立木を売つてくれるように所有者の前記南信産業株式会社に話して貰い度いと依頼したが、右政之助が、右会社にその旨を通じないうちに、先ず御射山々林の立木を訴外高木仙蔵をして伐採させ、次いで松ケ沢山林の立木を訴外大久保和七をして伐採させた。その間右政之助が、「会社にはまだ話が通じていないから伐採しては困る」と抗議すると、被告武井は、「君には迷惑をかけない」と言いながら伐採を続け、さらに右大久保をして泉水入山林の立木を、訴外林友幸をして松ケ沢山林の立木を相次いで伐採させ、終いに前記認定の樹種、数量の立木を伐採してしまつたことが認められる。乙第五号証の三乃至五の北原道彦、春日房次郎、吉沢煕の各供述記載部分、証人北原道彦同春日房次郎同吉沢煕同小口守一同若松勝の各証言、被告武井本人尋問の結果中いずれも右認定に抵触する部分はこれを措信しない。他に右認定を覆すに足る証拠はない。果して然らば、被告武井の本件伐採行為は盗伐というべく、まさに故意に因り前記南信産業株式会社の立木所有権を侵害したものというべきである。

原告会社は、被告武井の右伐採行為は、右政之助と共謀の上盗伐したものであると主張するが、共謀を認めるに足る証拠はなく、むしろ、前記甲号各証及び乙第五号証の五のうち小松政之助の供述記載部分、成立に争いのない乙第三号証によると、右政之助は、被告武井の右伐採行為を現認しながら、被告武井から金三万円を受けとり、これを口止料と了解し、相次いで行つた被告武井の右伐採行為を見逃していたことが認められる。かような事実からは、右政之助を共謀者と目すべきでなく、被告武井の本件盗伐行為を助け、その実現を容易ならしめた者として、同被告を幇助した者というべきである。そうすると、右政之助の共謀の点は認められないけれども、幇助が認められるから、被告武井と右政之助を共同不法行為者とする原告会社の主張は、結局理由があることになる。

被告武井は、右政之助は、前記南信産業株式会社の山林管理人で本件山林の処分についての権限を委されていた者であり、その権限ある右政之助から本件山林を買受けて伐採をしたものであると主張し、また、仮りに右会社と右政之助間に明白な代理権の授与行為がなかつたとしても、右会社は、客観的に見れば右政之助に代理権の存することを窺わせるような行為(事実第五の一の(一)の後段記載の行為)をさせているから、これは同会社が第三者に対し、本件山林の処分について右政之助に代理権を与えた旨を表示したと同一視すべきであり、右政之助と締結した売買契約の効力は、民法第百九条により右会社に対して効力を生ずると主張し、さらにまた、仮りに同条による効力が生じなかつたとしても、右政之助は、間伐についてはその権限があり、被告武井には前記の事情(事実第五の一の(一)の後段)から右政之助に代理権があると信ずべき正当な理由があるから、右売買契約は同法第百十条により右会社に対して効力が生ずるから、原告会社主張のように盗伐にはならないと主張する。しかしながら、右政之助に本件山林の売却処分の権限のないことは前記認定のとおりである。そればかりでなく、前記会社の無権代理人としてゞあつても右政之助と被告武井間に、本件山林の売買契約が行われたことを推測させるに足る的確な証拠は全然ない。却つて、成立に争いのない甲第三号証、甲第十二号証の四によると、被告武井は、嘗て前記南信産業株式会社の前身である片倉合名会社と山林の取引をしたことがあり、その際右政之助も立会つており、同人の管理する本件山林の売買は、会社の如何なる者と締結すべきかということは充分承知していたことが窺われる点、また、前記甲第十二号証の七、訴訟承継前の原告本人溝口深衛尋問の結果によると、当時山林の売買は森林組合を通じて行うべく統制されていて、このことは被告武井も充分心得ていたものというべく、しかるに、本件では全然森林組合を通じていない(もつとも本件が刑事々件として取上げられてから被告武井から森林組合に対し前記被害会社に対して本件伐採木の売却方斡旋の依頼をしていることは記録上窺えないこともない)点などこれらの事実に、前顕甲第十二号証の一乃至五の記載を考え合せると、被告武井は、右政之助に本件山林売買について何らの権限もないことを百も承知していたものというべく、従つて、かりにこれと売買契約を締結したからとて、その主張の表見代理の規定(民法第百九条第百十条)によつて保護さるべき道理はない。この点の主張は採るを得ない。また、被告武井は、仮りに右表見代理の規定によつて保護を受けられないとしても、同被告の行為は、下諏訪木材株式会社の代表取締役としての行為であるから被告武井個人として責任を負うべき筋合ではないと主張するが、法人の代表機関の行為が法人の行為に吸収されるのは、もつぱら代表機関が法人のために法律行為またはこれに準ぜらるべき適法行為を為す場合であつて、本件の如き不法行為にあつては、代表機関の行為は、法人の行為を形成する面と、機関個人の行為たる面とを併せ持つものであるから、法人たる右下諏訪木材株式会社がその責に任ずると否とを問わず、被告武井は、個人として不法行為法上の責任を免れないものというべきで、この点の主張も採用の限りでない。

二、原告会社が被告小松の単独責任として主張している部分について

原告主張の別表第一の二記載の松ケ沢山林の杉四十本のうち五、六本については、被告小松において原告会社の主張を認めるところである。成立に争いのない甲第十二号証の六及び七、証人長岡嘉右衛門同岩波幸平の各証言、訴訟承継前の原告本人溝口深衛尋問の結果を綜合すると、被告小松の亡父政之助が、原告主張の者または被告小松の自認する者に伐採させた部分(別表第一の二及び第二の二)は、いずれも右政之助が何らの権限もなく情を知らないこれらの者に伐採させたもので、原告会社主張のように盗伐に該ることを認めるに充分である。他の全証拠を勘案しても右認定を動かすに足るものはない。被告小松は、右政之助は、本件山林の間伐についてはその権限があり、別表第一の二記載の松ケ沢山林の杉四十本のうち五、六本を除いた三十四、五本は間伐であると主張するが、なるほど弁論の全趣旨からは、右政之助は、山林管理人として山林立木の保存行為に該当する範囲の間伐は特別の委任または許可を受けなくともこれを行い得ることであつたと認めるのを相当とする。しかし、その行い得る間伐は、枯損木や損傷木または曲り木その他全立木の育生に障害となるものを除き、立木の一般的育生を助長し、延いて立木の価格を向上せしめる為のものであつて、立木の一般的育生にマイナスになるような行為、または立木価格を全体として引下げるような行為をいうのではない。前記甲第十二号証の六、証人長岡嘉右衛門の証言によると、右政之助が訴外長岡嘉右衛門に伐採させた立木は、いずれも標準並に生育していた立木であることが明かであり、他にその立木を伐採しなければならない特段の事情もなく間伐の対象とすべき立木であつたとは認められない。また、右政之助は、右伐採させたことの対価として、右長岡から米、麦、大豆、野菜等を受取り、且つ金千円の借金を相殺していることも認められる。このような事情からは、本件は前記の如き右政之助の当然行い得る範囲の間伐とは到底認めることができない。なお、被告小松は、右政之助は、昭和二十三年五、六月頃前記南信産業株式会社々長溝口深衛から、自己の報酬が少いこと、会社の為に自己が使用した人夫賃を自弁していること、税金の立替代納をしていること、会社の用品たる木炭、漬物等を無償で供給していることなどがあつて、その頃右社長から適当に(損のないように)本件山林を間伐してもよいと特別に許可されていたと主張するが、右許可を認めるに足る的確な証拠はない。この点に関する丙第一、二号証、証人小松とし同小松威光の各証言は、前記甲第十二号証の一及び七訴訟承継前の原告本人溝口深衛尋問の結果に照して措信できない。仮りにその主張の如き許可があつたとしても本件の伐採は間伐ではなくその許可の範囲を逸脱していると認められる。さらに、被告小松は、別表第一の二記載の滝ノ沢山林の檜十三本は訴外岩波幸平が所有者たる前記会社から伐採を委されていたものであると主張するが、証人岩波幸平の証言によると、同人は、右会社から伐採を委されていたことはなく、右政之助が伐採してもよいと言つたので右岩波が、右会社には無断で伐採したことが明らかである。他にこの点の主張を裏付る証拠はない。なお、別表第二の二記載の檜十九本についても前記認定を覆し、被告小松の主張する右政之助の権限を認めるに足る証拠はない。これは要するに、被告小松が盗伐を否認するための積極的主張はすべて排斥するの外はない。

第四、損害額の算定

次に、右認定にかゝる被告武井及び右政之助の不法行為に因り前記南信産業株式会社の蒙つた損害額を算定することゝする。

一、用材について

原告会社の請求原因二の(一)(別表第一の一及び二)において主張する樹種別材積、単価、計算して得た結果の金額はすべて鑑定人広井昇同小松寿郎同塩原基平の共同鑑定の結果に合致して正当と認めることができる。(別表第一の一の御射山々林の杉の単価は百三十八円とあるが、右は鑑定結果中の立木売払価格評定書に照して百三十六円の誤記と認める。右正確な単価による計算をしてはじめて原告会社主張の金額が出て来る。)なお、原告会社は、前記被害会社が昭和二十七年中に御射山々林中に伐採して在つた五百七十七本、百四十石余(別表第三)を引取つたことを自認しているから、この価額は損害額の中から差引くべきであり、右価額は原告会社が別表第三において計算しているが、右計算も前記鑑定結果中の御射山分の単価に合致し、計算の基礎は正当というべきである。(鑑定結果中の御射山の杉の単価は、前記の如く正確には百三十六円であるが、原告会社は、これを別表第三で百三十八円として計算している。この点は、損害額から控除すべき額の計算であり、前記正確な単価で総額を出すと控除すべき額が少くなり、結局原告会社の請求している額を超える損害額が算出されるから、この点については原告会社主張のとおりの単価を採用する。)たゞその計算する別表第三の檜の欄の計算は、その石数にその単価を乗じたものは金一千三百八十七円となり原告会社の計算より八円多くなること計数上明瞭であり、従つて同表の合計欄は金一万四千七百七十二円となるべきである。そうすると、被告武井及び右政之助の共同不法行為に因る用材の損害は、別表第一の一記載の合計金三十万四千八百八十九円から右金一万四千七百七十二円を差引いた金二十九万百十七円であること計数上明かであり、また、右政之助の単独不法行為に因る用材の損害は、別表第一の二記載のとおり合計金七千百九十二円であるというべきである。右各損害額は、いずれも盗伐当時の価格によつて算出したものであるが、これは口頭弁論終結当時の価格以下であること前記鑑定の結果及び証人溝口深衛同小松寿郎の各証言を綜合することによつて明らかである。

二、枝条について

訴訟承継前の原告本人溝口深衛尋問の結果によると、枝条の立木の価格とは別に値段を付けて取引していること、証人高木仙蔵の証言によると、枝条に相当する裏木を本件伐採に従事した労賃の一部に当てゝ決済していること、証人大久保和七の証言によると、裏木や枝を訴外花岡今朝雄が炭に焼いたことがそれぞれ明かである。また、検証の結果に徴すると、本件山林はいずれも原告会社主張のとおり里山ということができる場所に在ることが解る。そうすると右認定の事実から、本件山林の枝条が燃料として取引の対象となり得る物であるとする原告会社の主張はまことに相当であり、これが滅失は前認定の盗伐行為と相当因果関係にあるものというべきである。(原告会社は、特別の事情による損害と主張しているが、これは通常生ずべき損害である。)しかして、原告会社の請求原因二の(二)において主張する枝条についての損害額算出の基礎となつた枝条石数(赤松二十パーセント、その他十五パーセント)及びその単価はいずれも前記鑑定の結果、証人溝口深衛の証言に照して相当である。従つて、その計算上の結果も当を得る筈であるが、原告会社は、別表第四の一が示すとおり右政之助が訴外長岡嘉右衛門に伐採させた松ケ沢の杉四十本(この材積四十石)の枝条(計算上枝条石数六石となる)も被告武井及び右政之助の共同不法行為に因る損害として計算しているが、この部分は右政之助の単独不法行為に因る損害に計上すべきもの(別表第一の一、二参照)で右共同不法行為に因る損害から除外すべきである。従つて、正確なる枝条についての損害額は、被告武井及び右政之助の共同不法行為に因るものが右除外すべき分を除いて別表第十二の一において計算するとおり合計金三万四千四百九十二円となり、右政之助の単独不法行為に因る分が右除外した分(この点被告武井と右政之助の共同責任とする原告会社の主張は、被告武井に対する関係では理由がないけれども、右政之助に対する関係で理由があるからこれに加える。)を加えて別表第十二の二において計算するとおり合計金八百五十六円となるべきである。右各損害額は、いずれも盗伐当時の価格によつて算出したものであるが、これは口弁論終結当時の価格と一致すること前記鑑定の結果及び証人溝口深衛同小松寿郎の各証言を綜合することによつて認めることができる。

三、幼樹について

証人溝口深衛の証言によると、前記南信産業株式会社は長野県下に山林合計三百三十六町四反を所有し、用材となるべきものゝ造林を業としていたことが明らかである。また、前記鑑定の結果によると、別表第二の一及び二記載の幼樹は、用材としての価値はなく薪材としての価格しか算出できなかつたことが認められる。そうすると、原告会社主張の如く別表第二の一及び二記載の樹種、数量の立木が幼樹のまゝ盗伐されたことは、その幼樹が将来用材にまで育生したときの得べかりし利益を右盗伐によつて喪失したことになり、前記会社の右得べかりし利益の喪失を損害賠償として請求する原告会社の主張は正当である。よつて、これが損害額を算定することゝする。

(イ)  幼樹が適正伐採期まで生育したときの価格

原告会社が、請求原因二の(三)の(イ)において主張する幼樹が適正伐採期まで生育したときの価格算出の基礎となつたものゝうち、幼樹の適正伐採期を昭和二十六年八月十日農林省令第五十八号適正伐期齢級以上の齢級に属する立木を定める省令第一表(その主張から同表中の長野県天竜川上流地域における規定に従つたものと認められる。)に、また、適正伐採期における一本の生産材積の算出を同令第二表にそれぞれ準拠して決定したことは相当である。しかし、同令第二表は、原告会社主張のように一本当りの生産材積を直接定めたものではなく、そこに定めてある以上の胸高直経を有する立木は適正伐期齢級以上のものに属するとみなしている規定である。原告会社のこの点の主張も一本の生産材積を出すのに胸高直経は同令第二表によつた旨の主張と解する。しかしながら、樹高は何によつて決定したか原告会社の主張によつては明らかでない。(通常材積は胸高直経と樹高を基礎に算出していること顕著な事実である。)原告会社が、樹高を何によつて決定したか明かでないが、樹種別一本の材積を別表第五の一及び二の一本の生産材積欄記載のとおりであると主張していることは明らかである。そこで右主張が正しいかどうかを検討してみる。このことは、本件各山林の被害立木中前記農林省令第五十八号第二表に定める胸高直経と同一の胸高直経を有する立木は、果して原告会社主張のような一本当り石数を有するものと認めることができるかどうかを確めることによつて最も正確に決定できる。そこで、前記鑑定結果中の各山林別の材積表から右省令第二表に定める樹種別胸高直経に相当する直経を有するものを選び、これが一本当り石数は何程であるかを調べ、これを原告会社主張の一本当り石数と対比してみると別表第五の三記載のとおりとなる。すると、同表によつて明らかなとおり、鑑定結果による各山林の材積中赤松の石数はいずれも原告会社主張のそれより少いが、その余の樹種の石数はいずれも原告会社主張のそれより高い(杉、檜、もみ)かまたは同等(唐松)であることが解る。この点に関し、原告会社は赤松及び唐松は環境適地につき右省令第二表に定めているものゝ二割増を主張しているが、右主張は証人溝口深衛の証言によつて相当と認められるから、結局右樹種別一本当り生産材積としての原告会社主張の石数は全く正しいものということができる。また、枯損木、損傷木を二割と見積つて適正伐採期における生存木を推定していることは証人小松寿郎の証言により首肯し得ることであり、適正伐期における立木単価を別表第六の如く昭和二十七年五月二十七日名古屋市における木材店頭卸値段に基礎をおいてこれから事業費を差引く方法によつて算出したことは、証人小松寿郎の証言(同証人は、昭和二十七年五月中下諏訪町における木材の市場価格は一石につき松千二百五十円、唐松千百五十円、杉千三百円であると証言しているが、この価格は原告会社の計算の基礎となつた右名古屋市における卸値段とほゞ一致する額である。)訴訟承継前の原告本人溝口深衛尋問の結果及び前記鑑定の結果(特にその事業費の算定)に照して正当であると認むべきである。右のとおりいずれも是認せられるべき基礎の上に立つて計算すると、計数上被告武井及び右政之助の共同不法行為に因る分は、別表第五の一記載のとおりでその総額は金七十二万一千七百円となり、右政之助単独不法行為に因る分は別表第五の二記載のとおりでその総額は金一万五千六百円となることが明らかである。しかして、右各総額がそれぞれ本件幼樹の適正伐期における立木としての価格というべきである。

(ロ)  幼樹の残存すべかりし年数

右(イ)において幼樹が適正伐採期まで生育したときの価格は判明したけれど、右価格から被害会社が本件盗伐に因り、支出を免れた費用及び得られるべき利益等を控除しなければ真の損害額は出て来ない。そこで、まず幼樹の残存すべかりし年数を決定する必要がある。証人岩波寛同溝口深衛の各証言並びに前記鑑定の結果(特にその材積計算表、伐根調査野帳、胸高、樹高平均図等における右岩波証言によつて植林時期の明確な泉水入の唐松の胸高、樹高、長級、材積と他の山林の各樹種のそれとの比較)を綜合すると、原告会社が請求原因二の(三)の(二)において主張する別表第九の幼樹の盗伐時における樹齢並びにその残存年数の算出は正しいものというべく、本件幼樹の樹種別の残存すべかりし年数は原告会社主張のとおり別表第九の最下欄の残存育生年数のとおりであると認定することができる。

(ハ)  管理費用の控除

証人溝口深衛の証言によると、原告会社の請求原因二の(三)の(ロ)において主張する一反歩当りの年間管理費用及び育生に必要な面積はいずれも正確なものであることが認められる。従つて、右一反歩当りの年間管理費用に、育生に必要な面積に乗じ、さらに前記(ロ)で決定した残存年数を乗ずれば、幼樹の適正伐採期までの管理費用が算出される筈である。(適正伐採期間全部を乗ずれば全植林期間の管理費用が算出される。)原告会社主張の別表第七の二(A)欄の管理費用の計算には、その基礎の正しさにもかゝわらず僅かの誤算があり、正確には別表第十三の如くなるべきである。((A)欄は本件幼樹の残存育生期間の管理費用で、(B)欄は適正伐採期までの全植林期間の管理費用)しかして、被告武井及び右政之助の共同不法行為に因る部分は、同表(A)欄の如く三山合計で金四万九千六百六十七円となり、右政之助の単独不法行為に因る部分は、同表同欄の滝ノ沢の部(この部分は原告会社の計算に誤算はない)の如く金一千三百六十七円となる。右各金額は、それぞれ本件盗伐行為に因り前記被害会社において支出を免れたものであるから、前記(イ)の各該当総額から控除さるべき額である。

(ニ)  ホフマン式計算による現在価の算定

右(イ)の総額から(ハ)の管理費用を控除したものは将来における価格である。これを現在価に引直すため、樹種の別に適正伐採期の樹齢から盗伐された当時の樹齢を差引き、残存育生年数に応じて別表第十四の如くホフマン式計算によつて年五分の割合による中間利息を控除して現在価を算定すると、結局、被告武井及び右政之助の共同不法行為に因る部分は、別表第十四の三山合計欄記載(原告会社の主張する別表第八の一は僅かの誤算がある。)の如く総額金三十二万九百十三円となり、右政之助の単独不法行為に因る部分は、同表滝ノ沢欄記載(原告会社の主張する別表第八の二と同結果)の如く金五千六百九十三円となる。

(ホ)  跡地利用による利得の控除

通常地上の物の滅失に因る損害賠償請求事件における場合、控除すべき跡地利用による利得は、存在しなくなつた物の存在すべかりし期間における当該土地の利用に因る利得である。本件の場合を通常の事例に当てはめれば、前記幼樹の残存育生期間における土地利用の価格ということになる筈である。しかるに、原告会社は、被害会社が造林を業とする者であるという理由から請求原因二の(三)の(ホ)の如く主張する。しかして、右原告会社の主張する控除すべき跡地利用の利得は、右幼樹の残存育生期間をはるかに超えて得られるべき長年月の利得で、しかもこれは数額の点において右残存育生期間における該土地の地代や賃料以上のものであること明白である。(次期植林による利得の全部であるから経験則上そう言える。)これを控除して賠償請求金額を定めようとする原告会社の主張を排斥すべき何らの理由もなく、右主張は肯認せらるべきである。右原告会社の主張は、前記(二)の現在価の算出方法と方法は全く同様で、たゞ異る点は算出の基礎たる年数と管理費用が適正伐採期までの全植林期間のそれであるという点である。従つて、右(二)の方法と同一の方法で、年数を各樹種別の適正伐採期間に、管理費用を別表第十三の(B)欄(原告会社主張の別表第七の二(B)欄は誤算でありそのまゝでは採用できない。)記載の額にそれぞれ置換えて算出すると、別表第十五のとおり、結局、被告武井及び右政之助の共同不法行為に因り生じた分から控除すべきものは、同表中の三山合計欄記載の如く総額十九万四千三百六十円となり、右政之助の単独不法行為に因り生じた分から控除すべきものは、同表中の滝ノ沢欄記載の金三千二百十七円となる。(原告会社主張の別表第十の一及び二は明かな誤算がありその儘採用はできない。)右各金額は、それぞれ前記被害会社において伐採跡地を利用することによつて得らるべき利得であるから、前記(二)の現在価より控除すべき額である。

(ヘ)  結局幼樹について賠償を求め得べき損害額

以上の諸控除を行い、前記南信産業株式会社が、被告武井及び右政之助に対し、本件不法行為に因る幼樹についての損害賠償を求め得べき額が決定するのであるがその詳細は別表第十六のとおりで、被告武井及び右政之助の共同不法行為に因る分については、同表中三山合計欄記載の総額金十二万六千五百五十三円であり、右政之助の単独不法行為に因る分は同表中滝ノ沢欄記載の金二千四百七十六円である。

第五、権利義務の承継並びに損害賠償の数額

以上各事項について損害額を算定したのであるが、結局、前記南信産業株式会社は、被告武井及び右政之助に対し、前記第四の一記載(用材)の損害額金二十九万百十七円、同第四の二記載(枝条)の損害額金三万四千四百九十二円、同第四の三の(ヘ)記載(幼樹)の損害額金十二万六千五百五十三円の合計金四十五万一千百六十二円と同等の金額を本件不法行為に因る損害賠償として両名連帯して支払うべき旨の請求権を、また、右政之助に対し、前記第四の一記載(用材)の損害額金七千百九十二円、同第四の二記載(枝条)の損害額金八百五十六円、同第四の三の(ヘ)記載(幼樹)の損害額金二千四百七十六円の合計金一万五百二十四円と同等の金額を本件不法行為に因る損害賠償として単独で支払うべき旨の請求権をそれぞれ取得し、被告武井及び右政之助はいずれも右会社の請求権に対応して右各金額を支払うべき義務を負担したものというべきである。しかして、原告会社が、昭和二十八年九月二十九日前記南信産業株式会社を合併し、同会社の有していた権利義務を一般承継したことは当事者間に争いがなくまた、被告小松が、昭和二十八年五月十六日父である前記小松政之助の死亡に因り、同人を相続し、同人の有していた権利義務を承継したが右相続は限定承認をした相続であることは訴訟上明かで且つ原告会社の明かに争わないところである。そうすると、原告会社は、前記南信産業株式会社の取得した損害賠償請求権を、被告小松は、右政之助の負担した損害賠償義務をそれぞれ承継したものというべきである。但し、被告小松については、限定承認をした相続であるから責任は相続財産の存する限度に止るべきである。そこで、被告武井及び被告小松は、連帯して、原告会社に対し、(但し被告小松はその相続財産の限度で)前記金四十五万一千百六十二円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録中の送達報告書によつて明かな昭和二十五年十月六日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を有すべく、被告小松は、原告会社に対し、その相続財産の限度で前記金一万五百二十四円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録中の送達報告書によつて明かな昭和二十五年十月六日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を有するものといわなければならない。それ故、原告の本訴請求は、以上の限度で正当としてこれを認用し、その余は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用については、民事訴訟法第九十二条本文第九十三条但書を適用してこれを五分し、その一を原告の負担とし、その四を被告両名の連帯負担とし、主文のとおり判決する。

なおこの判決については仮執行の宣言を付さないのを相当と認めるから、これについての原告会社の申立はこれを却下する。

(裁判官 斎藤欽次 西村康長 田中加藤男)

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